成人の日に思う、報われなくても自分を裏切らない生き方

生き方

成人の日の今日、街を歩いていて、少子高齢化という言葉を初めて実感しました。
振袖姿の新成人がほとんど見当たらない街の風景と、団塊ジュニア世代として育った私自身の記憶。
そこから見えてきたのは、年齢を重ねた今だからこそ思う「人生の選択」についてでした。


成人の日に街で感じた少子高齢化

成人の日の今日。
お昼ごろ、ふと思い立って街に繰り出してみました。

ところが、振袖姿の新成人は、ほとんど見かけません。
「あれ?」と思いながら歩いていて、
少子高齢化という言葉を、初めて“肌で”感じた気がしました。


団塊ジュニア世代だった私の成人式の記憶

私の頃は、団塊ジュニアにほど近い世代。
街は新成人でごった返し、美容室の予約は争奪戦でした。

当時はそれが当たり前で、特別なことだとは思っていませんでしたが、
今振り返ると、あれはあれで、ずいぶんと活気のある時代だったのだと気づきます。


荒れる成人式と時代の変化

私の少し下の世代から、
いわゆる「荒れる成人式」が恒例のように報じられるようになりました。

市長とタイマンを張る新成人の姿が、
ニュースで何度も繰り返し放映されていましたよね。

当時は「若気の至り」で片づけられていたことも、
今の時代では、そう簡単には済まされないのかもしれません。


50歳目前の今、20歳の自分に伝えたいこと

そして、現在の私といえば――。

二回目の成人式など、とっくに超え、
もし二十歳だったあの頃の自分に
「五十歳近くになっても独り身だよ」と告げたら、
きっと絶望して、気絶していたでしょう。(笑)


失ってから気づく、本当に大切なもの

若い頃、簡単に手放したものが、
実は二度と手に入らない、とても貴重なものだった。

そう気づくのは、いつも失ってからです。

もう間に合わない。
後悔と執着の繰り返し。

戻れない過去と、先の見えない不安な未来。


それでも人生は続いていく

報われない努力を力に変えて、
また歩き出すほどの気力は、正直もう残っていません。

それでも人生は、無情にも続いていきます。


これからの人生で大切にしたい選択

だから最近は、こう思うようになりました。

これからは、そんな選択を一つひとつ重ねていくほうが、
人生には、少しだけ深みが出るのかもしれません

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