18年前「鈍感力」という言葉が流行しました。
当時20代後半だった私は
「傷つきやすい自分は弱い」
「気にしないようにならなきゃ」
——そう思い込み、心にフタをした。
けれど、その“鈍感力”は私の人生は好転せず
むしろ、自分の“繊細さ”を否定しながら生きてきたことに
長い間、苦しんでいたのです。
そして十数年後、「HSP」という概念を知り、ようやく気づきました。
「私は間違っていたんだ」と。
あの頃、「鈍感力」が正解だと思っていた
18年前、「鈍感力」という本がベストセラーになりました。
テレビや雑誌でも取り上げられ
「鈍感であることが人生をうまく生きるコツ」と言われた時代。
私は20代後半。仕事もうまくいかず、人間関係でも空回り。
そんな時にこの本を手に取り
「自分に足りないのは鈍感力だ」と思い込みました。
小さなことで傷つく自分は弱い。
いちいち気にしていたら、社会では生きていけない。
そう信じて、私は自分の心にフタをして
”何も感じないふり”をして生きていました。
でも、本当はずっと苦しかった。
「鈍感力」は私を救うどころか
自分の特性を塞ぐことだったのです。
「HSP」という言葉に出会って、やっと自分を理解できた
時が経ち、「繊細さん」という言葉が聞かれるようになりました。
そこから「HSP(Highly Sensitive Person)」という概念を知り
自分にもその特性があるとわかったとき、深く腑に落ちました。
「どうりで、鈍感力なんて身につくはずがなかったんだ。」
それは、努力の問題ではなく“生まれ持った特性”だったのです。
背の高い人が、背を低くできないように
私も「繊細である」ことを変えることはできません。
でも、それを「悪いこと」と思い込んでいたことこそが
私を一番苦しめていたのだと気づきました。
外の価値観に揺れない自分を取り戻した日
最近、再就職の相談で支援窓口を訪れました。
希望する職種を伝えたところ、担当の方から年齢を理由に、
「別の職種なら就職先はある」との提案を受け
私の希望は門前払いでした。
就職氷河期である私は、世の中の意見に流されて
いつも、自分の意思を後回しにしてきました。
なので、以前の私なら「それが世間の常識なんだ」と思い
自分の希望を引っ込めて、泣きながら帰っていたと思います。
でも、今は違います。
「それは相手の意見であって、私の真実ではない」
そう心の中でつぶやき、静かに自分の意思を守ることができました。
相手を責めたいわけではありません。
ただ、誰かの言葉や“常識”を鵜呑みにして
自分を小さくするのはもうやめようと思ったのです。
「鈍感力」ではなく、「繊細力」を生かして生きる
「鈍感力」は確かに、生きやすさを与えてくれることもあります。
けれど、それはすべての人に当てはまる答えではありません。
私のように、感じ取る力が強い人間にとっては
“気にしないように生きること”こそが一番のストレスでした。
だから私は、気になってしまう自分を否定するのではなく、
「そう感じた自分」を受け入れるようにしています。
気づく、感じる、揺れる——それが私の特性であり、才能でもある。
世界を丁寧に受け取るその感性こそ、私の“繊細力”です。
同じように悩む誰かへ
「鈍感力」がもてはやされた時代を生き、
自分の繊細さを否定してきた人は
きっと少なくないと思います。
でも、感じすぎる自分を責めないでください。
その感性は、人の痛みに寄り添い、
世界を誰よりも優しく見つめる力です。
あなたが“繊細”であることは、弱さではなく
あなたの個性そのものです。
どうか、自分の特性を生かして
前向きに生きる力に変えていけますように。


