思っていたよりずっと大変だった
この春から1年契約の仕事を始めてみました。
週3.5日勤務なので、「他のこともできるだろう」と思っていたのですが、少々甘かったようです。
慣れるまで想定以上に時間がかかり、帰宅しては即寝る日々。この私が韓流ドラマを観ることすらありませんでした(笑)。
新しい環境、新しい仕事。
勤務日数が少ないから余裕があるだろうと思っていましたが、実際はそんなことはありませんでした。
それでも、少しずつ慣れていく中で気づいたことがあります。
それでも続けられた理由
終わりが明確で、週の真ん中に休みがある生活は、私にとって精神安定の起爆剤になっています。
世間一般では、長く勤められることを「安定」と呼ぶのでしょう。
でも私の場合は少し違いました。
終わりが見えている方が、むしろ安心して働けるタイプだったようです。
「とりあえず2日行ったら休みだ」
「明日行けば休みだ」
「今日は半日で終わる」
そう思うだけで乗り越えられる日がありました。
気が重かった業務も、やってみたら「意外とこんなものか」と思えたこともありましたし、そうでない時でも「来年はいないから」と思うことで壁を越えられました。
向いていないと思っていた仕事
そして何より、25年以上事務職として働いてきた私が、今はほぼ肉体労働をしています。
アラフィフにはなかなか堪えますが、どうやら相性は悪くない。
むしろ、こちらの方が向いていたのかもしれないと思うことすらあります。
我が家は先祖代々農家で、祖父の代までしっかり続いていました。
もちろんDNAだけで語れる話ではありませんが、体を動かして働くことへの適性は、案外こういうところにあったのかもしれません。
これまで私は、ブルーカラーの仕事を選択肢として考えたことがありませんでした。
でも実際にやってみて思うのです。
世間の正解と私の正解
世の中で「良い」とされているものと、自分が「良い」と感じられるものは、必ずしも同じではないのだと。
世間で良いとされる働き方を手にしているのだから、それでいいじゃないか。
そう思って余暇や趣味を充実させようとしてきました。
それでも、どこかで行き詰まってしまった。
かといって、今の仕事が天職だとも思いません。
ただ、以前のように身体に大きな負担がかかることはほとんどありません。
世間様の「優良」を手放すのは怖い。
そこには承認欲求もあるでしょう。
だから無理に手放す必要なんてないと思っています。
ただ私の場合は、働くことそのものを見失い、怖くなってしまっていました。
けれど、「無職でいいのか?」と自分に問いかけると、答えはやはり「No」でした。
ほんのちっぽけな一歩でいい
もし同じような気持ちで立ち止まっている人がいるなら、そんな時は小さく始めてみるのも一つの方法かもしれません。
私はずっと、「やったことに意味や価値を持たせなければ」と思って生きてきました。
でも最近は、「やるだけでいい」「いるだけでいい」という世界観もあるのだと学んでいます。
思考より行動、とよく言います。
けれどその行動も、大それたものでなくていい。
ほんのちっぽけな一歩でいい。
ハードルを下げて、できた自分をひたすら褒める。
今はそんな日々を過ごしています。

